学生・研修医の皆さんへ
出来る内科医になるには
1. みんな「出来る内科医」になりたいと思うでしょう?
内科医を志望する医学生なら、みんな「出来る内科医」になりたいと思っているでしょう。でも、どういう内科医が「出来る内科医」なのか、イメージが湧きますか?これは「出来る外科医」のイメージが明瞭なのと対照的です。考えてみれば、医療関連の小説、漫画、テレビドラマに出てくる主人公はほとんどが外科医です。1972年にユネスコは、成人における学習の3 つの柱として、
1) 知ることを学ぶlearning to know、
2) 為すことを学ぶlearning to do、
3) 人として生きることを学ぶlearning to be
を提唱しました。「出来る内科医」のイメージは、この「在り方 to be」を巡って、これからさらに討論すべきと考えています。
2. 分野別内科専門医の診断推論
診断推論diagnostic reasoningの過程は、医療面接から仮説設定までの段階とその仮説の検証から最終診断を下すまでの段階と大きく2 つに分けられます。最初の段階における思考法には、
1) パターン認識による非分析的処理法nonanalyticalprocess
2) 演繹的に考えていく分析的処理法analytical process
の2つがあって、医師は両者を適宜組み合わせて推論していると考えられています(二重処理理論dual-process theory)。
3. 非分析的処理法とは
非分析的処理法は、記憶の中にある症例と目の前の症例を比べて、何らかの類似性analogyに基づき、記憶されている情報を新しい症例に適用することによって、直感的intuitiveかつ全体論的holisticに結論を出そうとするものです。思い込みに起因する様々なバイアス(ヒューリスティック・バイアスheuristic bias)によって誤診の原因となり得る一方、上手く用いれば一見難しくみえる患者でも迅速に正しい診断まで辿り着くことができます。症例の置かれた状況(コンテクストcontext)、疾患の特徴、経過などが包括的に構造化された知識の枠組みを疾患スクリプトillness script といいますが、熟達した医師ほど豊富な疾患スクリプトを蓄えていて、非分析的処理法を多用していると言われています。
4. 疾患スクリプトの多様性
分野別内科専門医が扱っている疾患は、自然に軽快することが少なく多くは進行性で、一峰性でなく複雑な経過を辿ります。生命予後も良好なこともあれば不良なこともあり、生存期間は長くても日常活動性の低下が著しいこともあります。しかもこれらの臨床経過は患者間の差異が非常に大きいという特徴があります。従って疾患スクリプトもそれに対応して多様性を含みかつ包括的なものが必要です。例えば1%で起こる事象は、100例の患者を診療しても1例しか遭遇しないことになりますが、1,000例診療すれば10例経験できます。自分自身で直接主治医にならなくても、施設として十分な患者数を診療していれば、それらをまとめて学会・論文報告するときに各症例のエッセンスを得ることができると思います。
5. 最終診断は病態生理を反映して
仮説の検証から最終診断を下す診断推論の後半には、正常な人体の解剖学、生理学、生化学とともに疾患の病理学、病態生理学の深い知識と、その症例における個別的かつ論理的な考察が必要になります。これは分野別内科専門医が扱っている疾患は一般に病態生理が複雑で、かつ患者の状態や予後と極めて密接に関連しているためです。また治療の選択肢は複数にのぼり、その適応は病態生理に合わせて厳密に調整するため、診断は病態生理を反映した病型、進行度、重症度など詳細に渡らなければなりません。病態生理は各臓器によって大幅に異なるため、臓器毎に知識や経験を積み重ねていくことになります。
6. 治療には熟練したワザが必要
分野別内科専門医が扱っている疾患の治療は、内視鏡のような特殊な技術を要することがありますし、副作用が強く対応に熟練が必要なこともあります。病状が悪化したときに原疾患の悪化なのか治療の副作用なのか区別が困難なことも希ではありません。その場合対応は診断によって180度異なるので病態生理の十分な理解が必須ですが、それと共に過去に似たような経過を示した症例を複数経験していれば、それが的を射る情報となり根拠となって自信を持って対応できると思います。
7. 患者さんへの病状説明は重要課題
臨床経過のパターンに多様性があり、日常活動性や生命予後に大きな影響を与える可能性がある疾患は、患者さんや家族への病状説明が極めて難しいです。予後が不良であることを患者さんや家族に理解してもらわないと、こんなに早く具合が悪くなるのは治療が悪いからだと責められかねないですが、一方的に伝えようとすると、患者の不安を煽いだり希望を砕いてしまったりで、必要なことを積極的にやっていこうという患者の気持ちが萎んでしまいます。従って悪い情報を患者にどのように伝えるかは分野別内科専門医にとって非常に重要な問題です。
8. 専門バカは通用しない
しかし、専門領域を熟知しているのみでは、「出来る内科医」とは呼ばれないでしょう。現在では専門バカは専門医ではありえません。その理由の一つとして、患者の高齢化が進んだ結果、一人で様々な合併症を持つ患者が珍しくなくなったことが挙げられます。自分の専門とする疾患を治療する際には合併症にも対応しなければならないということです。二つ目は、治療の副作用が様々な臓器に及ぶようになり、それに対応するために専門領域以外の臓器について知識が必要になったことです。例えば、イピリムマブやニボルマブのような免疫チェックポイント阻害剤は、非特異的にTリンパ球を賦活化するため、自己免疫疾患と類似した免疫関連有害事象 Immune-related adverse eventsがほぼ全身の臓器・組織で起こります。 三つ目の理由として、疾患の予後が改善して患者が長生きするようになり、新たな疾患にかかる可能性が増えたことがあります。患者さんは症状に依らず今までにかかったことのある医師に相談することも多く、専門外の思いもよらない疾患に出くわす可能性も増えています。
9. 自分が初めて診る疾患に対し、当たらずとも遠からずの診療が出来ること
分野別の専門医といえども様々な疾患に遭遇することが避けられないとすれば、それにどのように向き合うかを考えなければなりません。以前に経験した疾患でないと診療できないとすると、将来遭遇するかもしれない全ての疾患を研修医時代に経験しなければならないことになります。5%の可能性で将来遭遇するかもしれない専門外の疾患に多くの勉強時間を割くことは、それを自分に対する投資と考えたとき、効果/投資比はけっして高いとは言えないでしょう。そもそも、世界で初めて発生した疾患に遭遇したときにはこの手は使えません。従って、むしろ、自分が初めて診る疾患に対し、当たらずとも遠からずの診療が出来ることが大切でしょう。もちろんここには、患者を自分で診るのではなく他の医師に紹介することも含まれます。
10. AIDSを世界で初めて診た医師たち
後天性免疫不全症候群acquired immune deficiency syndrome (AIDS) の最初の報告は、Lancet に載った8 例のカポジ肉腫症例です。“unusual” とか “unlike” といった単語がわずか120単語の抄録の中に3 回も使われていて、著者らがいかに困惑しながら患者の診療に当たったかが覗えます。しかしその状況でも彼らは患者の特徴を焙り出し、従来アフリカから報告されていたカポジ肉腫の悪性型(細胞性免疫低下が1970年に報告されている)に類似していることからこの8 例の病態と免疫不全の関連について考察しました。さらにこの8 例が従来と異なり同性愛の若年男性であったことから性行為感染症が原因であろうと推測しています。このように初めて経験する症例にぶつかったときは、まず従来の報告との類似点を探し、次に従来の報告との相違点を探します。これは、実は人間が新しいことを学習するときの一般的な方法そのものです。
11. 人間が新しいことを学習する方法
人間は、新しい情報を記憶するときに、何もないガランとした脳の空間にただ貯め込むのではなく、その情報を概括化しカテゴリー化して、既に脳内に設定されている適切なカテゴリーの場所に保存すると言われています。それは新刊本を分類に応じて図書館の本棚に整理する過程に似ていますが、脳はさらに新しい情報に合わせて脳内のカテゴリー構造そのものを柔軟に改変することができます(dynamic memory といいます)。つまり人間は、新しい情報を既に脳の中に確立している知識体系と関連づけて学習しながら、その知識体系そのものを少しずつ発展させているのです。従って、新しい状況に遭遇したときには、それ以前に習得した知識体系がその新しい状況の学習過程に実質的な影響を及ぼします。ある状況で獲得した知識を別の状況の問題解決に応用する(知識の転移)には、知識の量ではなく質、すなわち如何に知識を上手く統合し構造化して自分のものにしているかが重要と考えられています。
12. 分野別内科専門医の深い経験が物を言う
初めて診る疾患に対し当たらずとも遠からずの診療が出来るために、分野別内科専門医として有利な点がいくつかあります。分野別内科専門医は、その専門領域については高度に構造化された知識体系を持つために、初めての疾患に遭遇した際にもその疾患についての知識を構造化して理解することに慣れています。また、新しい病態のわずかな違いにも敏感に気づく程に、十分な疾患スクリプトを蓄えています。従って自分の守備範囲をしっ
かりと認識できるので、その範囲を超えているならばその患者を守備範囲としている他の専門医にすぐ紹介できるでしょう。初めての疾患に遭遇したら、何はともあれその疾患を勉強しなければなりませんが、自分の専門領域で勉強してきたノウハウを他の領域を勉強するときに応用できることも有利な点でしょう。人が新しい知識を学習するときには既存の知識を土台にするのみならず、既存の知識を学んだその方法論を次の学習に上手に活
用することが古くから知られています。そして最も重要なのは、専門医として熟達した経験があるからこそ、自分がそこまで達していない他の領域の「当たらず」を感覚的に理解できることではないでしょうか? これはすでにメタ認知の領域です。
以下に参考文献を載せました。参考文献1-4はコラムに、参考文献5もインターネット上に公開されていますので、参照してください。
参考文献
1.臨床医として腕を磨く
- 関根郁夫:出来る内科医とは-分野別内科学の観点から. 千葉医学雑誌 91: 87-93, 2015
- 関根郁夫:ハリソン内科学とセシル内科学を読んでみたら. 千葉医学雑誌 92:149-151, 2016
- 関根郁夫:心音・心雑音のスクリーニング. 千葉医学雑誌 90: 155-157, 2014
- 関根郁夫:胸部単純X線読影の名人芸、千葉医学会雑誌、第83巻、256-263頁、2007
- 関根郁夫:インターネット時代の文献検索-情報収集から見識・英知形成へ -、千葉医学会雑誌、第81巻、29-31頁、2005
- 関根郁夫:腫瘍内科医が分子生物学を学んでみたら~ in silicoの壁~.千葉医学雑誌 94: 121-127, 2018
2. 患者さんと話をする
- 関根郁夫、秋月伸哉、石井猛、永瀬浩喜、山口武人:がん臨床におけるインフォームド・コンセントの法的側面. 千葉医学雑誌 91:251-256, 2015
3. 英語を学ぶ
- 関根郁夫:英語で医学論文を書く-曖昧であった思考を形にする方法、医学と看護社 (書籍)
- 関根郁夫:医師の英語-目的の設定と目標の数値化、千葉医学会雑誌、第81巻、75-80頁、2005
- 関根郁夫:英語論文を読むことと書くこと. 千葉医学雑誌 90: 251 -258, 2014
- 関根郁夫:科学論文における英語の話. 千葉医学雑誌 90:195-200,2014
4. 臨床研究に従事する
- 関根郁夫:臨床研究者に求められる臨床以外の知識、千葉医学会雑誌、第82巻、127-130頁、2006
- 関根郁夫:新しいアイデアが求められている時代-個人で出来ること、組織で出来ること-、千葉医学会雑誌、第83巻、31-38頁、2007
- 関根郁夫:医学教育における症例報告の意義.千葉医学雑誌 93: 31-33, 2017
- 関根郁夫:連続症例研究から臨床試験へ. 千葉医学雑誌 93: 227-232, 2017
5. 臨床試験
- 関根郁夫、石塚直樹、田村友秀:癌臨床試験のデザインと倫理-第 I 相試験、千葉医学会雑誌、第84巻、253-258頁、2008
- 関根郁夫、石塚直樹、田村友秀:癌臨床試験のデザインと倫理-第 II 相試験、千葉医学会雑誌、第84巻、309-314頁、2008
- 関根郁夫、石塚直樹、田村友秀:癌臨床試験のデザインと倫理-第 III 相試験、千葉医学会雑誌、第85巻、45-50頁、2009
- 関根郁夫、飯笹俊彦、鍋谷圭宏、永瀬浩喜、山口武人:がん治療における実地診療と臨床試験の間. 千葉医学雑誌 91: 191-195, 2015