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腫瘍内科とは

がんは1981年以降日本における死因の第一位で、年間およそ100万人の人ががんになり、37万人を超える患者さんががんのために貴い命を失っています。従来、がんに対しては各臓器別に外科手術を中心とした治療が行われてきましたが、現在では患者さんを特定の臓器に偏ることなく全身的に診ることができ、かつ薬物療法(化学療法=抗がん剤)に精通した医師が求められています。これには次のような要因が絡んでいます。

 

がんであると分かって病院にかかる患者さんは多くありません。多彩な主訴で病院にやってきます。診断学の基本は全身を診ることですから、自分の専門とする臓器に由来する症状以外の症状についてもきちんと評価することが必要です。以下に例を挙げます。

例:両下肢麻痺→胆道癌の胸椎転移による脊髄麻痺でした
不明熱→原発不明癌の多発骨転移という診断になりました
両下肢の突っ張る感じ→肺癌の頸髄転移によるものでした

 

がんが疑わしい場合でも、必ずしも何科を受診すればいいのか分からないことも多々あります。とりあえず「がんの疑い」であれば、どんな患者さんでも引き受けてくれる診療科がないとたらい回しにされることがあります。

 

がん患者さんの高齢化(70歳以上が全がん患者さんの70%を占めています)が進んだ結果、多くの患者さんが高血圧や糖尿病などがん以外の病気を複数持っています。がんを診る医師が患者さんの主治医となるのが一般的ですが、その場合にはこれら合併症についても標準治療を提供しなければなりません。

 

透析を受けている患者さんや肝硬変を煩っている患者さんにがんが発生することがあります。もしもこのような患者さんにがん薬物療法を行う場合には、薬物動態に精通した医師や薬剤師が治療計画を立てる必要があります。

 

2つ以上のがんにかかる患者さんも珍しくなくなりました。その場合、両方のがんについて基本的なことを押さえておかないと診療方針を立てることが出来ません。

 

がん薬物療法が進歩し、様々ながん腫でがんの増殖のガキとなる部分をピンポイントで攻撃する分子標的治療薬が使われるようになりました。分子標的治療薬の作用機序は様々で、従来の殺細胞性抗がん剤とは異なったマネジメントが必要となりました。

 

分子標的薬の副作用は、全臓器に及び多様かつ複雑になっています。従って、担当医には全ての臓器にわたる副作用について精通する必要があります。

 

がん薬物療法は複雑です。臓器別の担当医ではなく、がん薬物療法の専門医にセカンドオピニオンを求めた方が良い場合があります。

 

積極的にがんを叩く治療をしないで、緩和療法のみで経過をみていく患者さんもいます。その場合には、痛み止めの使い方や呼吸苦の対処に慣れている医師に診てもらうことが必要です。

 

進行がん患者さんは、全能感(自分で心身を良くコントロールしているという感じ)の喪失、事物・他者への関心や愛情の低下、自分が何かを為し必要とされてきた社会との断裂に苦しんでいます。これは、どの臓器由来のがんか(胃癌か肺癌か)ということとは関係なく、進行がんを持った全ての患者さんに共通する悩みですので、多くのがん患者さんを診てきた経験のある専門医に相談するのが良いと考えます。

 

最近、がんゲノム医療が行われるようになってきました。全ての遺伝子をまとめてゲノムと言いますが、がんはこのゲノムの変異が蓄積してがん細胞が無秩序に増殖し、他の組織や臓器に浸潤したり転移したりして発症します。そこで、最新の遺伝子解析装置である次世代シークエンサーを用いて個々の患者さんのがん細胞のゲノム変異を調べ、その結果に基づいて最も適していると考えられる治療を選択していくのが、がんゲノム医療です。がん細胞のゲノム変異は必ずしも発生した臓器(胃癌なら胃、肺癌なら肺というように)に特有なものではなく、広く様々ながんにおいて同一のゲノム変異が見つかることがあります。その場合には他の臓器で使われている薬剤を流用することも考えられます。また治験に参加すれば、まだ認可になってない薬剤を使うことも出来るかもしれません。しかし、実際にがん細胞のゲノム変異を調べて特異的な薬剤が見つかるのは10人に1人以下とされていますので、多くの患者さんには緩和ケアの準備が必要となります。このように、がんゲノム医療では特定の臓器に関係なくむしろ臓器横断的な対応が必要となります。

 

腫瘍内科は、このような現在のがん治療における多彩なニーズに対応するために設けられた新しい診療科です。臓器別診療科、放射線科、外科、緩和ケア科、精神科、病理診断科など他の診療科と協力しながら、従来の枠組みでは達成できない患者さんのケアを提供いたします。