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JOURNAL#03

筑波大学附属病院 陽子線医学利用研究センター長
・熊田 博明(くまだ ひろあき) 教授

悪性脳腫瘍である膠芽腫(こうがしゅ)へのBNCT装置開発までの道のり
(熊田博明 センター長)

 筑波大学はこの度、治療が難しいがんの1つである悪性脳腫瘍に対するホウ素中性子捕捉療法(以下、BNCT)による次世代治療の取り組みを発表しました。
 BNCT装置開発までの道のりを、陽子線医学利用研究センターの熊田センター長に聞きました。

 

つくば型BNCT装置について

Q.ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)について教えてください。
 今回の対象となった悪性脳腫瘍は膠芽腫(こうがしゅ)というものですが、標準的な治療を受けた後の5年後の生存率が10%程度とされていて、手術と放射線、化学療法を組み合わせても再発のリスクが高く、有効な治療法もいまだに確立されていません。
 筑波大学では初めて、膠芽腫を発症した患者さんを対象に、加速器型の治療装置を使ったBNCTの医師主導による治験を、東海村の施設で開始しました。ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy,通称BNCTと言います)と呼ばれる治療法は、がん細胞に選択的に集まる性質があり、さらにホウ素を含んでいる薬剤(ホウ素薬剤)と中性子を組み合わせて行う治療で、放射線である中性子を使うことから放射線治療の一種に分類されています。物質の原子を思い出してみて下さい。あらゆる物質は原子の組み合わせで構成されていますが、この原子の中には原子核と電子があって、さらに原子核は陽子と中性子から構成されています。BNCTの治療にはこの中性子を使います。治療に使うもう一つの“ホウ素薬剤”ですが、この薬剤は“がん細胞に選択的に集まりやすい”という特徴を持っている化合物に、“ホウ素”を引っ付けた構造をしています。ここで、薬剤に引っ付いているホウ素ですが、ホウ素には原子核の中の陽子の数は同じ(5個)でも中性子の数が異なる複数の種類があり(同位体と呼ばれる)、5個の陽子と5個の中性子の合計10個で構成される“ホウ素-10”は、中性子と非常に反応し易いという性質があります。そして、このホウ素-10が中性子と反応すると、2つの“重粒子線”と呼ばれる強力な放射線を発生する、という性質があります。この重粒子線は、“殺細胞効果”=“細胞を破壊するパワー”が大きい、という特徴があります。さらに、この2つの重粒子線は、細胞の中ではおよそ細胞1個分の距離しか飛ばない、という性質も持ち合わせています。
 BNCTの治療では、まず、ホウ素薬剤を患者さんに投与します。そうするとホウ素薬剤のがん細胞に集まりやすい特性によって、薬剤ががん細胞に集積し、間接的にホウ素-10も一緒にがん細胞に集まります。この状態でがん病巣に狙って中性子を照射することで、がん細胞内にホウ素-10と中性子が反応して強力な重粒子線を発生し、がん細胞だけを選択的に破壊する、というのがBNCTの仕組みになります。この治療法のイメージとしては、個々のがん細胞の中に“ホウ素-10”というダイナマイトを設置しておき、“中性子”という導火線を使ってホウ素-10に点火して、重粒子線を発生させてがん細胞を破壊する、といった感じでしょうか。従来の放射線治療では、体の外から照射するX線や陽子線などで直接がんを殺しますが、このときがん病巣までの通り道や病巣の周囲にある正常細胞にも放射線が当たるため、これらの正常細胞にもダメージが与えられてしまう可能性があります。しかしBNCTは、がん細胞の中だけで強力な重粒子線が発生するため、殺細胞効果をがん細胞だけに集中することができる理想的な治療法です。つまり原理的には、たとえ正常細胞の中にがん細胞が浸み込んでいたとしても、がん細胞だけをピンポイントで破壊することができることになります。さらにBNCTには、“1回の照射で治療が完了する”という特徴も持っています。通常の放射線治療は、正常な組織へのダメージを抑えるために20回~30回程度に別けて放射線を照射するため、治療には1か月前後かかります。しかし、BNCTは正常組織へのダメージが少ないため、一度に治療に必要な放射線(中性子)を照射できるため、治療を1回で終わらせることができます。治療期間が短いため、患者さんの負担も少なくなります。これらの特徴から、未だ有効な治療法が確立できていない難治性のがん(浸潤がん、多発がん、放射線抵抗性のがん、各種再発がん)に対する強力な新治療法として期待されているのです。

 

 

Q.最近の加速器を使ったBNCTについて教えてください。
 BNCTを行うためには大量の中性子をがん病巣に当てなければなりません。一昔前までは、治療に必要な量の中性子を発生できるのは原子炉だけでした。よって、日本では2010年代頃まではBNCTの臨床研究は、研究用の原子炉を使って行われていました。この研究用原子炉を使った臨床研究では、悪性脳腫瘍や再発の頭頸部がんなどに対して多くの臨床研究が行われ、従来の治療法よりも優れた治療効果、成績が得られていました。この実績からBNCTは、難治性のがんに対する治療法として期待されていました。しかし原子炉は、医療用の装置として登録できませんでしたので、臨床研究しか行えず、保険医療など、一般の治療法として確立することができませんでした。また、原子炉を病院内に設置することもできませんでした。この状況に対して、最近の“加速器”と呼ばれる原子炉とはまったく異なる原理で放射線を発生する装置の技術が飛躍的に進歩し、 病院内に設置できるような小型の加速器でも原子炉に匹敵する量の中性子を発生できるようになってきました。X線治療や粒子線治療など、現在、普及している放射線治療装置の多くも、この加速器を使って放射線を発生させています。この技術的背景によって、21世紀になってから加速器を使って中性子を発生させてBNCTを行う“加速器BNCT”と呼ばれる研究開発が、日本だけでなく世界で行われるようになりました。原子炉ではなく小型の加速器でBNCTを行えるようになれば、① 装置を病院に設置できるため、BNCTの治療を病院で受けることができるようになります。また、② 加速器はX線治療や陽子線治療などと同じように、医療装置として登録することができますので、BNCTを保険治療や先進医療として一般のがん治療として受けることができるようになります。また、③ この加速器BNCTの開発研究において、日本は世界をリードしており、日本の医療産業(装置やホウ素薬剤の輸出等)にも寄与する可能性があります。さらに医療産業の観点では、治療が短期間で終わる(照射は1日で完了)こと、日本には既にBNCTを行える病院が複数あること、から、④ 国内だけでなく国外の患者さんも受け入れて治療を提供する(医療ツーリズム)ことも期待できます。

 

Q.つくば型BNCT装置について教えてください。
 筑波大学では、BNCTによるがん治療法の確立と普及を最終目標に、加速器の専門研究機関である高エネルギー加速器研究機構(KEK)や日本原子力研究開発機構(JAEA)などの複数の研究機関や企業、および、茨城県、つくば市などの自治体と連携し、産官学連携のプロジェクトチーム“iBNCT”(※)を発足して、つくば型のBNCT用加速器治療装置の1号機(以下、”iBNCT001”)を研究開発してきました。このiBNCT001は、KEKが中心となって設計、開発を行った直線型の陽子線加速器を使って陽子を加速し、これを”ベリリウム“と呼ばれる金属に照射することで中性子を発生させます。ここで、治療に必要な中性子を発生させるためには、ベリリウムに大量の陽子を照射する必要がありますが、本事業では大量の陽子線照射にも耐えながら継続的、安定的に中性子を発生できる技術もKEKが中心となって開発整備しました。さらに、ベリリウムから放出された中性子は、そのままでは治療に使えないため、中性子のエネルギーなどを治療に使えるように調整する装置(“中性子ビーム調整装置”という)を、JAEAと筑波大学等で共同開発し、この装置をベリリウムの後ろ側に配置しています。中性子ビーム調整装置の一番最後の場所には、調整された中性子ビームを患者に放出するための“ビーム照射口”が設置されており、治療の際には、患者さんのがん病巣をこのビーム照射口に合わせて中性子を照射して治療を行うことになります。
 ※ 「iBNCTの“i”は何の“i”ですか?」とよく聞かれるのですが、「いばらき(ibaraki)」の“i”と言われています。

 

 

つくば型BNCT装置の利点について

Q.つくば型装置の利点を教えてください。
 つくば型のBNCT治療装置の特徴の1つが、「より多くの中性子を発生できるポテンシャルを有していること」です。実際に1号機であるiBNCT001が発生する中性子ビームの強度(単位時間当たりに発生する量)は、現時点で世界最高レベルです。将来的には、さらに強度を2倍以上に増加させることもできるだけの基本性能を有しており、もしそれが実現できれば治療時間をさらに短くすることができ、治療を受ける患者さんの負担をさらに軽減することができます。つくば型BNCT治療装置のもう1つの特徴は、「装置の放射化が少ない」という点です。BNCTは治療に中性子を使うことから、治療後は少なからず装置の一部が中性子で放射化してしまうのですが、つくば型BNCT治療装置はこの放射化をできるだけ抑えるように、①中性子発生にベリリウムを組み合わせて、さらに、②加速する陽子のエネルギーをできるだけ低く設定している、などの工夫を加えて設計、製作しています。装置の放射化が少ないことによって、医療スタッフは治療(中性子照射)終了後に速やかに照射室に入って患者さんにアクセスすることができます。万が一照射中に患者さんに緊急事態が発生した場合でも、すぐに装置を停止して医療スタッフが治療室に入って患者さんに処置を行うことができます。また、1つ目の特徴である中性子の強度が高く1人当たりの照射時間が短いこと、も組み合わせると、将来的には一日に同じ照射室で複数の患者さんを治療することもできるようになります。

 

つくば型BNCT装置開発の背景

Q.BNCT用治療装置開発の背景を教えてください。
 ~難しい病気を治したいという医師や関係者の強い思いから10年以上かかりました。~

 私は、元々、東海村にある国立研究開発法人日本原子力研究機構(JAEA)で研究用原子炉(中性子を使った研究を行うために中性子を発生させる小型の原子炉)を運転、維持管理する部署で働いていました。1990年代ですが、私の部署にあった研究用原子炉のJRR-4を改造してBNCT施設を設置してBNCTの臨床研究を実施できるようにする、という事業方針が決まり、私は1996年からそのBNCT事業に参加しました。私は、JRR-4にBNCT用の中性子ビーム発生施設の整備を行うとともに、治療実施に不可欠な治療計画システム(ソフトウェア)や患者位置合わせ装置の開発研究に従事しました。そして、1999年10月にJRR-4で最初のBNCTの臨床研究が筑波大学の臨床グループによって実施されました。このときの臨床研究の主治医が、当時、筑波大学の脳神経外科医だった松村明医師(元筑波大学附属病院長)でした。その後、JRR-4を使って筑波大学をはじめとして京都大学や川崎医科大学、徳島大学など複数の大学病院の臨床グループによって100症例以上の臨床研究が行われ、私はこのすべての臨床研究に参加して、治療計画立案や患者の位置合わせなどをサポートしました。
 松村先生は当時から難治性のがんである悪性脳腫瘍の治療方法としてBNCTを確立、普及したいと考えており、「原子炉に代わって加速器を使って病院でBNCTを行える装置を開発整備したい」という強い志から、私にも声がかかり2009年に筑波大学に転籍してきました。それ以来、加速器によるBNCT用治療装置の開発に携わっています。
 今回のiBNCT001の開発プロジェクトが立ち上がった経緯ですが、松村先生と私が2010年頃に高エネルギー加速器研究機構(KEK)が主催する小さなワークショップに参加した際に、BNCTの紹介を行うとともに「この治療を確立、普及するためには病院に設置できる小型の加速器で原子炉に匹敵する中性子を発生できる技術が必要!」と紹介しました。するとこのワークショップを企画していたKEKの先生がたいへん興味を持ってくださり、「ぜひこのBNCT用治療装置をKEKと筑波大学で共同開発しよう!」となり、このプロジェクトが始まりました。KEKは、東海村のJAEAの中に設置している研究用の巨大な加速器中性子発生装置であるJ-PARCの開発を行っていたこともあり、つくば型のBNCT用治療装置にもこのJ-PARCの陽子線加速器の基盤技術を応用することになりました。

 

Q.プロジェクトを進める上で苦労はありましたが?
 一番の苦労は、やはり「資金がないこと」でした。加速器ベースのBNCT用治療装置には、大量の陽子を加速できる加速器と発生した中性子のエネルギーを調整できる装置などが必要で、これを開発整備するためには、数十億円規模の開発費が必要になります。我々のつくば型BNCT治療装置の1号機:iBNCT001の場合も、装置一式の開発には30億円以上かかりました。通常、医療機器・装置の開発は、その治療装置を将来、製造販売するメーカーが開発費をねん出して実施します。まだメーカーがついていないような黎明期に大学や研究機関が中心となって装置開発する場合は、文部科学省などに概算要求して認められれば装置の開発整備を行います。しかし我々の場合は、中心となって製造販売するメーカーがついていませんでしたので、毎年、国の競争的資金などを確保して装置開発を行いました。幸運だったのは、2011年に国家事業として国際戦略総合特区が国内の7か所に認定され、その一つにつくばが選定されて「つくば国際戦略総合特区」が立ち上がり、さらに我々のBNCT用治療装置の開発事業が、このつくば国際戦略総合特区の基幹プロジェクトの1つに設定されたことです。この特区事業を通じて、特区調整費として装置開発のための予算を経済産業省などから優先的に取得することができました。ただ実際には、この特区調整費も含めて、各競争的資金は年間数億円程度でしたので、iBNCT001の加速器開発に必要な数十億円を確保するためには多数年に亘って複数の競争的資金を獲得しながら段階的、部分的に装置開発を行ってきました。競争的資金だけでなく、筑波大学と同附属病院、そしてKEKからも多くの資金協力と人的サポートを頂きました。本当に感謝しています。私はこのiBNCT001の開発事業のマネージメントを任されていましたので、毎年、年度末には次年度の予算獲得のための計画を練って申請書を作成して提出してヒアリング対応を行って予算を獲得しました。年度が始まってからも獲得した予算で機器の開発、購入するための仕様書を書いてメーカーに発注し、機器が納入されればその性能確認と検収を行い、さらに年度末には競争的資金の報告書を書く→再び翌年の予算計画を立てて申請書を書く、という作業のサイクルを10年以上繰り返して、ようやく今回の治験ができる状態にたどり着いた、というのが一番の苦労でした。

 一方、技術的な苦労としては、やはりBNCTに使える陽子線加速器技術+中性子発生技術を確立すること、でしょうか。前述したようにiBNCT001の陽子線加速器には、J-PARCの直線型加速器(リニアック)をベースに開発しました。しかし、J-PARCで加速する陽子の平均電流(1秒当たりに加速する陽子の量)ではBNCTに必要な中性子の量を発生できないことが明らかとなったため、J-PARCのリニアックをそのままiBNCT001用に採用することはできませんでした。したがってJ-PARCの直線型加速器をベースにしながら、さらに、さまざまな改良と工夫を加えて、BNCTに十分な中性子を発生できるiBNCT001のリニアックを設計、製作しました。さらに、J-PARCのリニアックは量産化、商用化は考慮されていませんので、非常に高額だったのですが、iBNCT001用のリニアックは将来の商用化、量産化も考慮して低コスト化も図りました。2011年からリニアックの開発を開始し、2015年には量が少ないながらも中性子の発生に成功し、さらにその後もアイデアを出し合って様々な改良、高度化を加えて、2019年には現状の性能まで達成して治療に十分な中性子を発生できるようになりました。この期間中には加速器を構成する重要部品が故障して1年以上稼働できなくなったり、リニアックの製造を担当していた重工メーカーが撤退するなど、プロジェクト存続の危機が何度もありました。また、プロジェクトが始まってから10年以上が経過していますので、プロジェクトを立ち上げた当初のKEKなどの主要メンバーも皆、定年等で退職するなどしていなくなりましたが(現在、プロジェクト発足時の開発メンバーは私しか残っていない)、KEKから新たな研究者が参加してくれるなどして、ようやく現状の世界最高レベルのBNCT用治療装置を整備できました。改めて長い時間がかかったプロジェクトであったことを実感せざるを得ません。

 
                  つくば型BNCT装置(茨城県東海村)

今後の課題

Q.今後の課題を教えてください。
 iBNCT001は東海村にある建物内に設置しており、筑波大学附属病院から離れているため(移動に車で1時間以上かかる)、患者を現地に連れていくことも、医師やスタッフが施設に移動することも大変ですので、この施設で将来に亘って継続的に頻繁に治療を行うことは難しいです。我々の理想としては、将来、筑波大学附属病院の中に2号機を設置し、この装置を医療機器として登録して、BNCTをがん治療の1つとして附属病院内で行えるようになれば、と考えています。また、医療機器メーカーがつくば型BNCT治療装置を医療機器として登録することで、この装置を国内外の病院、医療機関に導入、普及してくれることを期待したいです。さらに、BNCTは中性子とホウ素薬剤を組み合わせた治療ですので、これまでは中性子を発生する装置の開発が行われてきましたが、次は薬の研究になっていきます。未だ治療法が確立できていない難治性がんや、体のより深部にあるがんに対してもBNCTを適用できるような新しいホウ素薬剤の開発研究が行えると良いと思っています。この薬剤研究には、他の複数の大学、研究機関、薬剤メーカーなどとも共同で実施し、実際の患者さんに対する臨床研究も行って安全性と治療効果を確認し、BNCTによるがん治療法の確立、普及に寄与できればと思っています。

 

2つの取り組み

Q.これからの取り組みや今後の展開を教えて下さい。
 現在、私はBNCTの確立、普及に関連する二つの取り組みにかかわっています。

 一つは、各メーカーのBNCT用治療装置の医療機器の登録手続きに関する取り組みです。現在、日本にはつくば型のBNCT治療装置を含めて4種類の異なる形式のBNCT用治療装置が導入、設置されています。最も先行している住友重機械工業(株)(以下、住友重機)の装置(NeuCureという)は、既に医療機器として登録され、この装置を使って再発の頭頸部がんに対する治療(保険適用)が国内の2か所の病院で治療が行われています。ここで、現在の日本の方針では、メーカーごとに発生する中性子ビームの物理的特性が完全には同じではないと考えられているため、住友重機のNeuCure以外の装置を再発頭頸部がんの治療に使うためには、その装置を使って治験を行って装置が発生する中性子ビームが安全、かつ、治療効果があること、を証明しなければなりません。これには、高額の費用と長期間(5年以上)がかかってしまいます。同様に、現在筑波大学がiBNCT001を使って実施している初発の悪性脳腫瘍についても、もしiBNCT001が将来、医療機器として登録されて、初発悪性脳腫瘍への治療が認められたとしても、住友重機のNeuCureでは初発悪性脳腫瘍の治療を行うことはできず、つくばグループと同様の治験を行う必要があります。これではBNCTは普及しませんし、様々ながんへの適用拡大も進みません。各メーカーの資金的負担も大きく、最悪の場合、治療装置メーカーもBNCT事業から撤退してしまう恐れもあります。そこで、BNCTに関連する学会(日本中性子捕捉療法学会)や各メーカー、国の医療装置の審査機関などと連携して、効率的にBNCT用治療装置の薬事承認、医療機器登録を行える仕組みを模索しています。具体的には、各メーカーの装置が発生する中性子ビームの特性と性能を、細胞や小動物(マウス、ラット)に対する照射実験を行って、各装置の中性子ビームが生体に対する影響や治療効果を客観的に評価するためのガイドラインを策定しています。近い将来、このガイドラインに沿って各メーカーの治療装置の中性子ビームの評価を行うことで、各装置の医療機器として登録手続きを効率化、簡略化、低コスト化できるようになれば良いかと思っています。

 私が関わっているもう一つの取り組みは、BNCT用治療装置の国際標準規格の策定です。手術に用いる装置や放射線治療に使っている放射線発生装置などの医療機器(メーカーが製造する商用装置)は、すべて安全性や要求される性能等に関して規格が定められています。BNCT用の治療装置は、中性子を発生することから放射線治療装置に分類されるのですが、この放射線治療装置の国際規格は、IEC(国際電気標準会議、International Electrotechnical Commission)で規格が策定されています。このIECで設定された国際規格は、その後、日本ではJISの規格となって日本で販売される医療機器の規格となります。BNCT用の治療装置は、2020年に住友重機の商用の治療装置(NeuCure)が日本で医療機器として登録されたこともあり、国際的にも「BNCT用治療装置の国際規格を策定すべき」との流れとなり、IECの放射線治療装置の国際規格を策定するためのワーキンググループの下に、BNCT用治療装置の国際規格を検討するためのワーキングパーティが2022年に設置されました。私はこれまでの経緯から、このBNCTの規格策定を行うワーキングパーティのプロジェクトリーダーに任命されました。現在、BNCT用治療装置を製造している住友重機や他のメーカーの方、BNCT研究に参加している大学や医療研究機関などのアカデミアの先生らもこの活動に参加して頂いて、BNCT用治療装置の国際規格の検討を行っています。
 この規格策定の会合には、当然ながら日本人だけでなくX線治療装置などの規格策定にかかわってきた欧米の専門家や、日本以外でBNCTの臨床研究を行っている韓国、フィンランドのグループも参加しています。諸外国のメンバーや外国のメーカーの考えは、日本とは異なるため、これらの考え、意見をうまくまとめながら、先行する日本の治療装置が問題なく合致、適合できる規格を検討しているところです。目標は2025年内に最初の国際規格案を提出して承認を得たいと思っています。

 
     照射室で説明をする熊田センター長      患者の位置合わせに用いる複数のレーザー光発生装置

最後に熊田センター長から

Q.治療の開始と最初の照射について教えて下さい。
 iBNCT001の開発プロジェクトが始まってから約13年、さらには私がBNCTに関する仕事に携わってから四半世紀以上が経ち、本当に長い時間がかかってしまいましたが、2024年にようやくつくばグループが開発したBNCT用治療装置を使って初発膠芽腫(しょはつこうがしゅ)に対する治験を開始することができました。これまでに何度もプロジェクトがとん挫しそうになりましたが、何とかここまでたどり着きました。今日までプロジェクトを継続できたのは、この事業にかかわってくれた多くの人、企業、そして勿論、大学と附属病院(の人たち)の多大なる協力のおかげです。本当に感謝しています。困難に直面する度に、必ずそれに手を差し伸べてくれる人たちが現れてサポートしてくれました。そういった人や企業、資金に出会えたことから、幸運にも恵まれていたと思います。2024年からiBNCT001を使った治験が開始されましたが、これはゴールではなく、BNCTという治療法を確立するための第2のスタートです。装置開発は、ある意味、この治療法を行うための道具を整備したにすぎません。私は物理工学分野の人間でこれまでは装置開発のとりまとめをしてきましたが、今後は医師、臨床グループにバトンタッチするとともに、治療計画作業や現場での患者位置合わせ作業などでしっかりと治験をサポートできればと思っています。各装置やソフトウェアは実際の患者さんに使ってみて実際の現場で必要な機能などが分かります。また、不具合なども見つかるかもしれません。これらに迅速に対応してアップデートを行って次の照射に対応するとともに、将来的につくば型のBNCT治療装置の商用量産機に反映できればと思っています。

 

Q.煮詰まった時の気分転換や過ごし方は?
 私は元々、大学の専門分野は機械工学で、しかも学生時代がバブルの末期だったこともあり、学生時代から車を運転することが趣味です。最近、自分の車を年甲斐もなく2枚ドアの車(クーペ)、しかもマニュアル!の車に乗り換えました(家族にも呆れられています)。毎日の通勤も家から職場までの近距離ですが、楽しみながら運転してますね。勿論スピードなどは出さずに安全運転しているのですが、車のシフトレバーをガチャガチャと操作しているだけでも気分転換になりますね。また、別の趣味としては、工学系の車好き=メカ好きにはありがちなパソコンやスマホ関連の“ガジェット”を買ってきて試したりするのも好きですね(ガジェオタ)。BNCT研究では治療計画システムや複数のレーザー光を使った患者位置合わせ装置などの開発を担当しましたが、治療計画システム(ソフトウェア)を使った照射シミュレーションで導いた照射位置に、位置合わせ装置(ハードウェア)を使って患者を位置合わせするためには、ソフトウェアとハードウェアを連動させるための様々なツール、アプリ=ガジェットが役に立ちます。最新のガジェットをチェックして、試しに購入してみて使い、“これはBNCTのこの作業に使えそうだな”と考えるのは結構楽しいですね。PC関連のガジェットは数千円程度の物も多いので、安価で趣味と実益を兼ねた作業、といった感じです。

 

 

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